1990年代ソ連の金大量放出と価格暴落

2024-01-21
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1990年代ソ連の金大量放出と価格暴落

1991年。12月26日。ソビエト連邦は歴史から姿を消しました。この超大国の崩壊は、世界の政治地図を塗り替えただけではありません。金市場にも、決定的な衝撃を与えたのです。

崩壊前夜―追い詰められたソ連

1980年代後半、ソ連は深刻な経済危機に直面していました。ゴルバチョフ書記長が掲げたペレストロイカ(改革)政策は、期待とは裏腹に混乱を招きました。

計画経済は機能不全に陥り、各地で物資不足が深刻化。スーパーの棚は空っぽ、長い行列が日常風景となりました。ソ連政府に残された選択肢は、ほとんどありませんでした。

外貨準備は底をつき、食料品や必需品を輸入する資金すら不足していました。対外債務の返済も遅滞。政権の存続自体が危うい状況でした。

最後のカード―金の売却

そこでソ連政府が目を付けたのが、長年にわたって蓄積してきた外貨準備としての金でした。冷戦時代、ソ連は世界有数の金保有国でした。その量は数千トンとも言われていました。

1991年前後から、1992年にかけて、ソ連(その後継国のロシア)は数百トン規模の金を国際市場に放出しました。正確な数字は今も公表されていませんが、業界の推計では300〜500トン、あるいはそれ以上とも言われています。

売却は複数のルートで同時並行的に進められました。国際市場での直接売却、商社や銀行を通じた取引。市場はこの予期せぬ大量供給に、混乱しました。

価格崩壊―400ドルからの転落

影響は即座に現れました。

わずか1年余りで10%以上の価格下落。しかし、これは始まりに過ぎませんでした。ソ連の売却は一時的なものではなく、数年にわたって続けられました。

さらに、他の中央銀行もこれに便乗します。イングランド銀行なども1990年代後半に大量の金を売却。「金の時代は終わった」という空気が支配的になります。

結果、1990年代を通じて、金価格は250〜300ドル台で低迷し続けることになります。「投資対象としての金は死んだ」―そんな言葉すら耳にするようになりました。

市場のパニック

価格下落は、単なる供給増加だけでは説明できません。投資家心理が暴落を加速させたのです。

ソ連の売却を知った投資家は、パニック売りに走りました。「他にも中央銀行が売るかもしれない」「価格がさらに下がる前に売ろう」―そんな恐怖が、売りを売り呼ぶ悪循環を生みました。

同時に、金への投資需要も減退しました。冷戦が終わり、地政学リスクが低下。経済も比較的安定し、株式市場が好調でした。「今さら金を持つ必要があるのか?」―多くの投資家がそう考えるようになりました。

鉱山会社も打撃を受けました。価格下落により採算が合わなくなった鉱山が次々と閉山。業界全体が冬の時代を迎えました。

なぜこれほどの衝撃だったのか

ソ連の金売却がこれほどの影響を与えた理由は、いくつかあります。

第一に、市場が全く予想していなかった規模の供給でした。冷戦時代、ソ連の金保有量は国家機密。市場はその実態を知りませんでした。突然の大量放出は、文字通り「青天の霹靂」でした。

第二に、売却が一時的ではなく継続的だったこと。ソ連(ロシア)の経済危機は数年間続き、その間、外貨獲得の必要性も続きました。市場は「まだ売りが続くのか」という不安にさらされました。

第三に、連鎖反応を引き起こしたこと。ソ連の売却を見て、他の中央銀行も「金を持つ必要がないのでは」と考え始めました。特にイングランド銀行は1990年代後半に大量の金を売却。中央銀行からの売りが、さらなる売りを呼んだのです。

復活への道〜そして現在

1990年代の低迷は、約10年間続きました。しかし、金は死んではいませんでした。

2001年頃から、金価格は再び上昇トレンドに転じます。ITバブル崩壊、9.11同時多発テロ、イラク戦争―地政学リスクの高まりとともに、金は再評価されました。

そして2008年のリーマンショック。金融危機により、金は再び「安全資産」としての地位を取り戻しました。2011年には1900ドルを超え、2020年には2000ドルを突破。

現在(2020年代)、金市場は1990年代とは正反対の状況にあります:

要素 1990年代 現在
中央銀行の動き 売却 購入
地政学リスク 低下 上昇
金利環境 上昇 低水準
インフレ 低位安定 懸念あり

投資家への教訓

ソ連の金大量放出事件は、現代の投資家にも重要な教訓を与えてくれます。

教訓1:中央銀行の動向に注目せよ

中央銀行の大量売却は、市場に甲大な影響を与えることが証明されました。逆に言えば、現在のように中央銀行が積極的に購入している状況は、価格を下支えする要因となります。

特に中国、ロシア、インド、トルコなどの新興国の中央銀行が、外貨準備の分散のために金を購入し続けていることに注目すべきです。

教訓2:長期的視点を持て

1990年代に金を手放した投資家は、その後の上昇局面を逃しました。短期的な下落に惑わされず、長期的な視点を持つことの重要性を、この事例は教えてくれます。

金は数千年の歴史を持つ資産です。一時的な低迷はあっても、その本質的な価値が永遠に失われることはありません。

教訓3:地政学リスクを読む

冷戦終結という大きな地政学的変化が、金価格に大きな影響を与えました。現在の国際情勢〜ウクライナ紛争、米中対立、中東情勢〜を考えると、地政学リスクは再び高まっていると言えるでしょう。

教訓4:分散投資を心がけよ

金だけに集中投資していた場合、1990年代は非常に厳しい時期でした。適切な分散投資の重要性が、あらためて示されています。

金はポートフォリオの一部として保有するものであり、全資産を投入するものではありません。一般的には、総資産の5〜15%程度が適切と言われています。

結び―歴史は繰り返さない

1990年代のソ連による金大量放出事件は、金市場の歴史における重要な転換点でした。この出来事が教えてくれるのは、供給側の大きなショックが市場に与える影響力、そして市場心理の重要性です。

しかし同時に、この事例は「金の本質的価値は失われない」ということも証明しました。たとこ10年間の低迷の後、金は見事に復活しました。

現在の金市場は1990年代とはまったく異なる環境にあります。中央銀行は売り手ではなく買い手であり、地政学リスクは高まっています。歴史は繰り返されませんが、教訓は生き続けます。

ソ連の事例から学び、長期的な視点を持ち、適切な分散投資を心がける―それが、現代の投資家に求められる賂明な投資判断ではないでしょうか。